2009年6月8日月曜日

JUMPIN' JACK FLASH

Rolling Stones の No.1ヒット曲、Jumpin' Jack Flash のイントロのギターリフは独特の音だ。
キースによれば、Gibson の Hummingbird を使って、ナッシュビルチューニングで弾いているそうだが、特殊な弦の張り方をしなければならず、なかなかあの音を出すのは難しい。

キース本人でさえ、ライブではイントロを省略して弾いており、Shine a Light のオープニングでもそれは同じだった。

ところが、先日入手したFホールのアーチトップギターを使うと、何故かノーマルチューニングであの音が出るのである。

キーはノーマルチューニングで、A#~Bなのだが、このギターで弾くと、まるで変則チューニングのような音が出るのがおもしろい。

ところで、この HAIDA Guitar という謎のアーチトップギター、調べてみたところ、1928年から戦後にかけて日本で活動していた日系2世のハワイアンミュージシャン、灰田晴彦の名前を冠したギターのようである。いわゆる、鉄線ギターのFホール版とも考えられるが、ハワイアンミュージックの伴奏用ギターとして作られたものかもしれない。

チューニングが安定せず、巻き上げもきつかったのでペグを新しく交換したのだが、その際にヘッドも戦前の Gibson 風に改造した。トップにびっしり入ったウェザーチェックと合わせ、雰囲気だけは貫禄充分?である。

ヴィンテージの Gibson ではおなじみのウェザーチェックだが、これはニトロセルロースラッカーという樹脂を使ったフィニッシュ特有のものである。

普及品のギターには、ポリウレタン塗装がされていることが多く、こちらは天候への耐久性が強く皮膜も厚いためチェッキングがはいることはない。つまりフィニッシュ(保護膜)に関しては、高級なギターほど経年変化が起りやすいのである。

最新の技術を取り入れてきた他の工業製品と違い、ひび割れという欠陥が起ろうともフィニッシュを変えなかった Gibson の頑固さが伝わってくる話だ。

2009年6月6日土曜日

"SHINE A LIGHT" ROLLING STONES

マーティン・スコセッシが撮った、ストーンズのライブ・ドキュメンタリー「シャイン・ア・ライト」を観てきた。

スコセッシといえば、デ・ニーロと組んで撮った1976年の「タクシー・ドライバー」があまりにも有名だが、監督デビュー前に、ライブ・ドキュメンタリーの傑作「ウッドストック/愛と平和と音楽の三日間」の編集を手がけている事はあまり知られていない。ロック界とハリウッドという、エンターティンメントの最高峰同士が組んだ映画という点も興味をそそられた。

ライブ・ドキュメンタリーの一番むずかしい点は、おそらく映画としての軸をどこにもってくるかという点に尽きるだろう。

「ウッドストック」では、フラワームーブメントを象徴するイベントだったこともあり、アーティストのみならずオーディエンスも主役に置くことで時代の空気を写しとろうとした。

「バングラディシュのコンサート」では、ロック界初の大規模なチャリティ・コンサートということ自体がコンセプトだった。

本作には、還暦を過ぎたロックバンドということ以外、軸になりうるテーマはない。
そこで、スコセッシは自らをストーンズ(とりわけミック)と対立させるという手段を用いて、単なるドキュメント映画に終わらせない演出を加えている。

ぎりぎりまでセットリストが決まらないという話も、舞台セットのデザインで意見が食い違うというエピソードも、すべて演出なのかもしれない。一体どうなることやら...そんなスコセッシ側の不安を軸に映画は進んでいくが、ライブが始まってしまえば、もうストーンズの独壇場である。

映画の中でもっとも興味深かったのは、インタビュアーが本音の質問をキースにぶつけるところ。
「ロニーに、キースと自分ではどっちが上手いと思う?と聞いたら『オレに決まってるだろ』って言ってました。あなたはどうですか?」
こう切り出されて、キースはこう答える。
「ふたりとも下手だけど、オレたち二人がそろえば最強なんだ」

途中、ゲストにバディ・ガイが登場して、一瞬食われそうにもなるが、ステージを去る際、キースが使っていたギターをバディにプレゼントするあたり、格の違いを見せつける。
ストーンズが、並外れたスーパースターであることを、あらためて実感させるシーンである。

終始、タイトなリズムを刻み続けるチャーリー・ワッツの、いぶし銀の魅力が印象的だった。

2009年6月2日火曜日

The Little Black SongBook & Pignose

ポケットサイズの楽譜で、歌詞とコードだけのシンプルなものはないかと探して見つけたのが、この Little Black SongBook 。
ペーパーバックサイズに、Beatles の楽曲が195曲も載っているスグレモノである。弾き語りには、シンプルな譜面のほうが使いやすい。
タブ譜付きのものだと、曲が1Pや2Pでは収まりきれず、演奏中にページをめくらなくてはならないからだ。洋書だが、譜面は全国共通。
Beatles 以外にも、Bob Dylan、Paul Simon、Eric Clapton、Oasis、Coldplay などがラインアップされている。
ピグノーズなどのミニアンプと一緒に持ち出せば、どこでもライブが行える手軽さが Good!

2009年5月30日土曜日

Vintage Guitar HAIDA No.350


謎の国産ヴィンテージギターを入手した。アーチップでFホール式の、いわゆるピックギターである。ラベルには、KASUGA MUSICAL INSTRUMENT MFG Co.,LTD NAGOYA JAPAN の表記があるので、春日楽器による自社ブランド製品だったのかもしれない。おそらく1950年代〜60年代にかけてつくられたギターだと思われる。

届いたギターには、ナットとブリッジが付いておらず、長年の汚れで全体的に色がくすんでいた。不良品として捨てられてもおかしくないような状態である。ただ、木は乾燥しきって非常に軽かったので、いかにも枯れたサウンドがしそうな風情だった。

ピックガードを外してみると、表板のもともとの艶が残っていたので、ギター全体の汚れを落としてから、液体コンパウンド(メディコムのキングブライトを使用)でバフがけをすると、本来の艶がもどってきた。トップにはウェザーチェックが全体に入っていて何とも渋い感じ。

リペア初日は、ボディをひたすら磨き続けて終了。セルロイドのピックガードもピカピカになった。

リペアの第二工程は、ナットの削りだしに時間を費やした。写真からもわかるように、このギター、何故かナット部分が二段構造になっており、通常の二倍は手間がかかりそうである。考えた挙句、ネックのえぐれた部分にクラシックギター用のサドルを成形してはめ込み、ナットは単独で成形することにした。サドルとナットはおなじ牛骨素材のものを使用。

ナットの成形作業は、今回で二回目なのだが、かなり根気のいる地味な仕事である。小型の万力にナットを固定し、鉛筆のあたりに沿ってちょうど良い長さに切断。その後は、ナットらしいなだらかなカーブを削りだしで地道に成形していく作業が待っている。
この作業に約二日間を費やした。

最後の工程は、ブリッジの調整。本来なら、ブリッジのセッティングを先にしたほうが作業はしやすいのだが、ブリッジの調達に時間がかかってしまい順序が逆になってしまった。
ネックに反りがあったため、アジャスタブル式で尚かつ弦高が低めのブリッジを使用した。

さて、これからがリペアの詰め所、オクターブ調整である。ナットの角度をすこし変えただけでもピッチに大きな影響を及ぼすため、作業には細心の注意が必要となる。まずはブリッジを、Fホールの真ん中位置に固定し、弾きやすい高さまで弦高を調整する。次に、オクターブの合わない弦のナットを削って角度を調整していく。ナットの溝を掘りすぎるとビビリが出てしまうため、ダイヤモンドヤスリで少しずつ削っていく。

途中、オクターブピッチがどうしても合わなくて、何度か挫折しそうになりつつ、休憩時間をとってから気分を変えて再度調整。これを数十回くり返して、どうにか演奏ができるレベルまで到達することができた。楽器というものは面白いもので、調整しても弾かないで放っておくと、どこかがおかしくなるもの。反対に、ピッチが安定しなかったこのギターも、長い時間弾いていたら次第にオクターブが合ってくるのだから、不思議なものである。

参考までにこれまでかかった費用概算。
ギター本体 7,550円
(以下、リペアパーツ代)
牛骨サドル 420円
牛骨ナット 420円
ブリッジ  2,980円

同じ修理を依頼すればおそらく数万円はかかるので、普通なら捨てられた挙句に燃やされる運命だったに違いない。こういう古い楽器を蘇生させるのも趣味として悪くないかもしれない。

2009年5月25日月曜日

Gibson L-4(1948年製)

Gibson L-4 のキーワードでWEBを検索していたら、どこかで見覚えのあるギターに出くわした。
もう既に販売済みのマークのついたそのギターは、1948年製の Gibson L-4 Fホールで、ギター表板の傷の付き方から、自分が以前所有していたギターであることが判明した。

このギターとの出会いは、今から3年ほど前にさかのぼる。千葉在住のブルースギタリストから譲っていただいたもので、錦糸町の「すみだトリフォニーホール」の前で受け取ったのが、何を隠そうこのギターだった。

ケースが無かったので、お茶の水で途中下車してギグバッグを買っていったのを憶えている。
ギターは、長年の使用と経年変化でラッカー塗装は剥がれ落ちており、高級品である L-4 の面影は残っていなかったが、ブルージーな鳴りに惹かれ、その場で商談は成立した。

持ち帰ったギターは、行きつけの酒場に偶然いたプロミュージシャンの目にとまり、その場で即興のライブが繰り広げられたのだが、そうした偶然も、今思えばこのギターが持っている不思議な力が引き寄せたものだろう。

譲ってくれたギタリストから聞いた話によると、何とこのL-4は、あのオールマン・ブラザーズのグレッグ・オールマンが来日した際に、サウンドチェックを受けたことがあるものだという。後日、グレッグ本人がこのギターを抱えている写真をメールで送ってもらったから、本当の話である。

このギターはしばらくの間、自分の愛用ギターとしてライブや練習用に使っていたが、経済的な理由で、泣く泣く手放してしまったという苦い思い出がある。

偶然というものは重なるもので、このギターを販売していたショップは、先月入手した1917年製の Gibson L-4 を買った場所と、おなじ店だった。このショップは本厚木にある店で、自分が行ったのはその時が初めてである。その経緯は4月9日のブログに書いたとおりだ。

果たして、今はどこで誰の手に渡っているのだろうか。

2009年5月24日日曜日

Gibson J-45(Style 1962)

Gibson の1962 J-45モデル(1998年製)。このギターは、当時、ギブソンの総輸入元だった山野楽器が限定で発売したもので、ラベルには1962 J-45 TN Reissue とタイピングされている。

(以前から1962年製の J-45 を探していたのだが、この年代の J-45 は、値段が高騰してしまって、とてもではないが手が出るような代物ではない)

てっきり、1962年製の復刻だと思いきや、ギターの仕様そのものは、1947年〜1949年頃の形式なのだそうだ。どうやら、あるアーティストが使っている J-45 風に仕様変更して限定販売したモデルというのが真相のようだ。

届いたギターには、Gibson ロゴの入った Grover 製の金属ペグが取り付けらていたので、1940年代仕様にすべく、クルーソンタイプの3連ペグ(GOTOH)に交換した。ショップの人曰く、クルーソンの復刻品より精度が高いそうだ。

ギターのトップには、全体にレザークラックが入っており、ピッキングの擦り傷と合わせて、既にヴィンテージの風格が感じられる。内部にはピエゾPUが後からインストールされており、コレクションとしてではなく、ずっと使われてきたことを物語っている。(コレクターが使わずに保管していたギターは、木が共鳴せずにまったく鳴らない個体があるので注意が必要だ)

ペグを交換して弦を新品に張り替えてギターを弾いてみると、ドレッドノート特有の6弦すべてが厚い倍音になって響いてくるようなが音がした。Fホールを除くと、12フレットジョイントの L-4 や、L-00タイプの小ぶりなギター、そして YAMAHA のDynamic Guitar という、ちょっと変わったギターばかり使ってきた自分にとって、ドレッドノートの J-45 の音は予想した通りあまり馴染めない音だった。

しかし、様々な弾き方を試しているうちに、微妙なストロークやピッキングで音の表情が豊かに表現できる J-45 の良さがだんだんわかってきた。ブルースなどの刻みやフィンガーピッキングでは、粒立ちのない平面的な音に聴こえるが、ピックでコードを弾いていると “ウォールサウンド” のような厚みが何とも気持ち良いのである。

パーラーサイズが既に自分の体に馴染んでしまっているので、ドレッドノートのギターが今後増えることはないだろう。できれば、大振りなギターはこの一本で打ち止めにしたいところだ。

2009年5月19日火曜日

Girls in the Director's Chair

日曜日に、早稲田松竹の「ガールズ・イン・ザ・ディレクターズ・チェア」という特集を観てきた。1本は、マドンナの初監督作品「FILTH AND WISDOM」(邦題:ワンダーラスト)、もう一本がゾエ・カサヴェテスのやはり初監督作品「BROKEN ENGLISH」。

「ブロークン・イングリッシュ」については、昨年このブログで書いたとおり、ここ数年観たなかで最も気に入っている映画だ。昨年、ロードショーで観て以来、映画館で観るのは今回で3回目になるが、毎回感動するシーンが違うのは、自分のせいなのだろうか?

今週の金曜日までやっているので、まだ観てない方は是非、映画館で観てほしいと思う。30代以上の独身者なら男女を問わずおすすめの映画だ。

もう一本の「ワンダーラスト」(この邦題、なんとかならないだろうか)は、マドンナの自伝的映画だと思っていたが、まったく違うものだった。ちなみに、キャッチコピーは「これがマドンナの墜落論」だがこのコピーもいただけない。

舞台はロンドンの片隅。ウクライナ移民の詩人兼ミュージシャンと、バレエダンサーを目指す20代女性、そしてアフリカの貧しい子供たちを救う夢をもった中性的な30代前後の女性。この三人の“夢と現実”を、コインの表裏に喩えたのが原題の「FILTH AND WISDOM」、すなわち「墜落と賢明」である。

主人公は、マドンナが惚れ込んだカリスマ的人気を誇るミュージシャン、ユージン・ハッツ。映画の主人公 AK の生き方を地でいく個性豊かなタレント(才人)である。マドンナは、ユージンに対しては演技指導をほとんどせず、スケジュールから演技までほとんどすべてを開放したという。脚本クレジットにはマドンナとダン・ケイダンの名前があるが、ストーリーそのものは、ユージン・ハッツとマドンナの人生をミックスしてできたものと解釈するべきだろう。

この映画に限っていえば、マドンナの名前は映画のプロモーションにはむしろ逆効果だったのではないだろうか。H&MのCMをマドンナが演出したことが、この映画製作のきっかけになったそうだが、脇を固めるスタッフ陣の顔ぶれを見れば、マドンナの名前を出すまでもなく、カルトムービーとして成功する要素は充分揃っていると思えるからだ。

良くも悪くも、この映画はユージン・ハッツのための映画であり、ウクライナ出身のトリックスターが本物のカリスマへと変貌を遂げていく瞬間を映画化したものだ。今では、あの GUCCI が彼をイメージして、2008年秋冬コレクションをデザインしたと公言するほどのカリスマに成長したユージンは、役を演じる意識すらまったくなかったそうで、80年代の文化的アイコンであるマドンナが目をつけたのもある意味で納得がいく。

古くは、1940年代のキャブ・キャロウェイ、比較的最近なら1980年代のキッド・クレオールといった道化師をやや小粒にしたようなユージン・ハッツだが、男爵がエスプリの利いたパンクを唄っているようなイメージが新鮮だ。自国が政治的な問題を抱えている移民たちばかりで結成したという多国籍バンドから伝わってくる、雑多なヴァイブレーションも含め、ボーダーミックスな新しいカルチャーを予感させる。ボーダーレスではなく、国境を引きずっているからこそ面白いのだ。