何と!
ドイツが誇る、インダストリアル・ノイズ・ミュージックの雄、FAUST が東京で来日公演を行っていたらしい。
しかも、公開レコーディングLIVEと銘打ったもので、恵比寿LIQUIDROOMと、六本木SUPERDELUXEで計3回のパフォーマンスが、2008年9月6日から3日間、東京で行われたようだ。
FAUST といえば、現代音楽のミュージック・コンクレートの手法を用いて、テープコラージュを巧みに駆使したデビューアルバム「FAUST」を1971年にリリースした伝説のロックバンドである。
音楽はもちろんのことだが、最も衝撃的だったのは、拳骨のレントゲン写真をモティーフにしたアルバムデザインだった。オリジナルのアナログ盤は、レコードからジャケットまですべて透明のヴィニールに統一され、赤文字でタイピングされた歌詞を背景に、FAUST(拳骨)の文字とレントゲン写真がシルク印刷された、凝りに凝ったアートワークだった。
バウハウスという近代デザイン様式を生み出したドイツ人ならではの、ロックという流行音楽に対するニヒリズムがこのデザインからは強烈に感じられ、実験音楽を透明の塩化ヴィニールでパッケージした、ひとつのインダストリアル・アートと呼べる作品だった。
この作品における FAUST のパフォーマンスは、ある意味、リスナーがアルバムを購入するところで始まり、封を切った瞬間に終了してしまう。それは「毒入り危険」と書かれた食品の袋を開けるようなものだ。レコードに針を降ろしても、FAUST のシニカルな仕掛けに翻弄されるばかりで、真の音楽性はカモフラージュされたまま決して証されない。パッケージの透明性とは裏腹に、中身は限りなく不透明なのだ。
1.Why Don't You Eat Carrots?(ニンジンを召し上がる?)9:34
ホワイトノイズが歪んでいく導入部を経て、ローリング・ストーンズの「サティスファクション」、ビートルズの「愛こそはすべて」のサウンド・コラージュが印象的に使われた後、重いピアノの序奏から滑稽な3拍子のテーマへと受け継がれ、その後はテープの逆回転やサウンド・エフェクト、アナログ・シンセによる擬音を駆使した変幻自在の遊び〜雨音〜男女の会話〜ピアノのブリッジ等を経て、ふたたび3拍子のテーマで終わる実験的な組曲。
2.「Meadow Meal」(草原食事)8:05
何かを伐採しているかのような生音に、アナログ・シンセの擬音が重なり、ピアノの弦を擦る音、ドアの開閉音、パーカッショナルなサウンド・エフェクトが続いた後、アコースティック・ギターの序奏に続いて、英語による無伴奏のラップが展開され、その後はドラムのフィルインからディストーションの効いたギターによる即興演奏が繰り広げられていく。
ふたたびラップのシークェンスを挟んで、雷の生音が数分流れた後、パイプオルガンによる静かなコーダで幕を閉じる。
3.「Miss Fortune」(フォーチュン嬢)16:36
第一部は、ギターとベースのインプロビゼーションで始まり、CAN にも通じるハンマービートが刻まれながら、ワウワウを活かしたギターの音がフューチャーされる。
バックの演奏そのものは、グレイトフル・デッドの即興演奏にも通じるもので、このアルバムで唯一、FAUST のバンド演奏的な音を聴くことができる。
第二部は、歪んだギターのフィードバックとパーカッションによる序奏で始まり、黒魔術的な歌声にピアノとドラムによる伴奏が続き、ふたたびギターを含めた即興演奏へと発展していく。
第三部は、ピアノの序奏に続いて男の雄叫びのループで始まり、メロトロンによる擬音、サウンド・エフェクト、エレクトリック・ギターによる擬音、等々で構成されたサウンド・コラージュが続いていく。
最後に、アコースティック・ギターのアルペジオをバックに、肉声による単語のやりとりが繰り広げられ、"Nobody Knows if it Ever Happened"という人を食ったような合い言葉で、16分半に及ぶ組曲が幕を閉じる。
今回、「FAUST」とセカンドアルバム「SO FAR」がカップリングされたCDを久しぶりに聴いてみて、音の断片にまったく古さを感じさせないどころか、37年を経てもなお新鮮に聴こえるのに驚いた。今思えば、当時はアートワークのインパクトが強すぎて、肝心の音楽のほうは印象に残っていなかったのだ。
iTune で聴いて、はじめて FAUST の音楽と向かい合うことができたのは、何とも皮肉なことだが、デジタル化された FAUST のほうが彼等の音楽性に合っているような気がするのは自分だけだろうか。
「FAUST」で聴くことのできるサウンド・コラージュは、ピンク・フロイドが「狂気」の後、レコーディングしていた「Household Object」に通じるものである。楽器を一切使わず、日常家庭用品や自然音のみでテープ編集されたその作品は、未発表のままだが、もし完成されていれば「FAUST」のような作品となっていただろうことは想像に難しくない。
一方「FAUST」で所々聴ける音の随所に、また「Meadow Meal」などのタイトルからもわかるように、ピンク・フロイドの「原子心母」の影響を感じさせることや、セカンドアルバムの「SO FAR」における曲づくりが、シド・バレット在籍時の初期ピンク・フロイドのサウンドに通じる点も興味深い。
FAUST による、確信犯的な実験音楽については、真面目に議論されることもなく、長い月日が経ってしまったが、サウンド面についてもドイツのアシュラなどと同様、今だからこそ再評価されるべき音楽のひとつといえる。
20世紀の大量生産的なインダストリアルとは明らかに対をなす、シュールな音の断片が心地よい。
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