2018年6月30日土曜日

National ナショナル ポータブルフォノグラフ SG-503N 修理記 -1

パナソニックではない、ナショナルである。テクニクスでもない、ナショナルである。
「明るいナショナル♪ 明るいナショナル♪ みんな家中、なんでもナショ〜ナ〜ル♪」のナショナルだ。

このナショナルのブランドロゴが神々しくプリントされている、レトロ感たっぷりのレコードプレイヤーをオークションで見つけた。通電は確認済みで、動作は未確認、そして価格は1円。モノは試しということで入札してみると、なんと・・そのまま落札できてしまった。送料に980円かかってしまったが、まずまずの掘り出し物ではないだろうか。

このレコードプレイヤーが秀逸なのは、とにかくデザインがかわいいところ。ターンテーブルの宇宙旅行のイラストがポップアートしていて、なんともすてきだ。

1990年頃の商品らしいのだが、1960〜1970年代のインダストリアルデザインをイメージしたレトロ調の子供向け製品のようだ。電源アダプターが無く、電源コードが直接本体から抜き出ているAC直結式のため、50ヘルツと60ヘルツのヴァージョンがある。(東日本は50ヘルツ・西日本は60ヘルツ)届いたのは60ヘルツ版だったので、東京の我が家では正確な回転数は得られないはずだが、33回転と45回転の切り替えスイッチの下に速度調整レバーが付いているので、調整可能かもしれない。

さっそく、電源を入れてレコードをセットしてみたが、ターンテーブルが回転しない(泣)。ネットで修理法を検索してみると、同じ症状で困っているブログ記事がヒットした。それら先人の知恵によると、どうやらオイル切れが原因らしい。

そんなわけで、さっそく解体してみることに。取り外しはカンタンで、ターンテーブル側は両面テープで貼られた宇宙旅行のカバーをはがしてロック金具を外すだけ。取り外すと、モーター回転パーツにOILと掘られた3箇所に穴が空いている。ここに、まずはCRC 5-56を吹いてみよう。モーターが回らないのは、おそらくオイル切れか古いオイルの固着が原因と先のブログ記事にも書いてあったし・・・。

揮発性のCRC 5-56で掃除をしたあとは、潤滑油を射す必要がありそうだ。カメラレンズに使う粘度の強いヘリコイドオイルが良さそうだが、手元になかったのでダイソーで買った万能オイルを射してみた。

でも、動かない・・・。古いオイルが固着してブレーキをかけているのか? 試しに、モータを指でつまんで回転させてあげると、ブーンという微かな音を立てて軸が回り始めた。回転レバーを33回転にすると、黒いゴムの輪がモーター軸に接触するのだが、止まらずに回転を続けている。さらにこのゴムの輪がターンテーブルの内輪に触れることでターンテーブルを回転させる構造になっている。デジタル時代の現代から考えると、究極のアナログ式機械という印象である。

新作スピーカー『CAN SPEAK』をつくった!

空き缶を使ったオリジナルスピーカー、名付けて『CAN SPEAK』を製作した。最大の特徴は、スピーカーユニットを逆向きに取り付けることで、缶の空洞へリング状に空気を送り、その跳ね返りをコーンを通して排出させ、音を響かせるリングリバウンド方式を採用した点だ。

簡単に説明すると、ドラムや太鼓の音が丸い空洞を共鳴させて音を増幅するのと同じ原理である。
ご存知のように、スピーカーはコーン(スピーカー表面の皮)がピストン運動することによって音を伝達させる仕組みだ。
常に同じ周波数の音波をコーンの表裏で発生させており、スピーカーユニット単体で音を出すと、滞留する性質をもつ低い周波数同士は干渉して音を打ち消しあうため響かない。拡散する性質をもつ高音だけが聴こえるのはこの波の干渉原理があるためだ。

つまり、スピーカーとは極論してしまえばエンクロージャーやバッフルを使っていかに低音を増幅するかということにつきるのである。今回製作した『CAN SPEAK』は、円筒内を音波がリング状に伝わる特性を利用して、これを底面で跳ね返らせ、低域を増幅させると同時に、高域はユニットから4つの方向へ拡散させることで全方位に広げる構造となっている。

スピーカーユニットには、マレーシア製の5cmフルレンジ OAF16439A1(16Ω 5W)を使用。ある程度、エイジングに時間のかかるユニットで、鳴らし続けるほど音が良くなっていく育て甲斐のあるユニットだ。

音楽をシャッフル再生させながらさまざまな音源を聴いてみたが、『CAN SPEAK』の音は一種独特である。今までに聴いたどのスピーカーとも異なる種類の音だ。全体にエコーがかかり、モワーンとした音が空間に広がっていく感じ・・・。

ちなみに音の出口となるコーン以外のすき間にはシリコンを埋め、密閉しているので空気は漏れていない。従来のハイファイサウンドとは異次元の音だが、不思議な味が感じられるのも事実だ。

『CAN SPEAK』とは、言葉が通じるという意味だが、日英共通の発音で同じ意味を持つ「缶」と「CAN」にスピーカーの「SPEAK」を足してつくった名称である。

2018年6月17日日曜日

ビートルズがやって来た? LET IT BE(ミュージカル)公演


渋谷の「東急シアターオーブ」で6/16(土)に開かれたミュージカル『LET IT BE』公演へ行ってきた。ロンドンのチャリング・クロスロードにある「ガリックシアター」で定期的に上演している人気のミュージカルだ。

プログラムは、ミュージカルらしくインターバルをはさんだ1部と2部の構成で、基本的に前半は実際のビートルズ公演を元にしたシーン設定で、日本公演向けには武道館の来日公演シーンが組まれているところが独自プログラムのようだ。全42曲、舞台セットと衣装替えを小まめにはさみながらミュージカルは進んでいく。ステージバックの映像、左右のスクリーン、照明を巧みに駆使した構成で飽きさせず、あっという間の2時間20分だった。

ACT1
Ed Sullivan
1.I Saw Her Standing There
2.She Loves You
3.I Want To Hold Your Hand
4.All My Loving
5.Yesterday

BUDOKAN
6.Help!
7.She's A Woman
8.Paperback Writer
9.I Feel Fine
10.If I Need Someone
11.Twist & Shout
12.Day Tripper

Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band 
13.Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
14.With A Little Help From My Friends
15.Eleanor Rigby
16.Lucy in the Sky with Diamonds
17.When I'm Sixty Four
18.Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)
19.A Day in the Life

Abbey Road
20.Come Together
21.Get Back
22.Revolution
23.The End

ACT2
24.Because
25.Got to Get You into My Life
26.What is Life
27.Starting Over
28.It Don't Come Easy

29.Band on the Run
30.Watching the Wheels
31.My Sweet Lord

32.Blackbird
33.Here Comes the Sun
34.Imagine

35.Rock and Roll Music
36.Roll Over Beethoven
37.Long Tall Sally

38.Live and Let Die
39.While My Guitar Gently Weeps

40.Back in the U.S.S.R.
41.Let it Be
42.Hey Jude

なかでも、彼等4人の実力がはっきりと分かったのが、2部の頭で聴いた『Because』。完全なアカベラで歌われた『Because』のハーモニーは美しく、ミュージシャンとしての技量も一流であることがこれを聴いて分かった。また、ビートルズ解散後の曲をメンバーになりきった4人の演奏で聴くのはなかなか新鮮だった。もし再結成していたら、こんな風に演奏していたかもしれないという、何とも感慨深い気持ちにさせてくれる一幕だった。

2018年6月15日金曜日

フィルムカメラ復活の兆し? 原宿に専門店オープン!

表参道から原宿のキャットストリートを北に向かって歩き「ユナイテッドアローズ」の手前の小さな通りを左に曲がった場所、渋谷区神宮前3丁目28番地に、なんとフィルムカメラの専門店がオープンした。その名も『filmcamera tokyo』。

2011年には代官山の「Tサイト(蔦屋)」敷地内に、Leicaなどの高級機を扱う『北村写真機店』がオープンしたり、2013年には秋葉原のアートギャラリー「3331 Arts Chiyoda」内に、ロシアのトイカメラを中心にした専門店『lomography』がオープンしたりと、少しずつではあるが、流行の発信源ともいえる場所にフィルムカメラのお店ができているのは、うれしい限りだ。

ちょっとしたブームとまではいかないまでも、こうしたお店が新しくオープンして雑誌やSNSなどで紹介されることで、フィルムカメラにしかない魅力をデジカメ世代の人々に知ってもらえるのは大歓迎である。

利用者が増えれば、フィルムへのニーズが高まり、アナログ・レコードのようにマーケットが広がれば、ふたたびコンビニなどでフィルム現像/プリントの取り次ぎが復活するのではないかという淡い期待を抱いている。

モノクロの銀塩写真であれば、現像から引き伸ばしまで個人で行うこともまだ可能だが、カラーフィルムの現像となると作業が非常に複雑で、コストのかかるネガ現像機などを用意せねばならず、個人ではなかなか手を出せない状況である。

現在は、大型カメラ店などの現像/プリントサービスや、個人経営のプリント郵送
サービスなどを利用する以外に方法はないのが現状だ。
もっと深刻なのは、デジカメの使いかたがわからない、70代以上のシニア層のカメラ・写真離れが急速に進んでいる点だ。

かつては近所のコンビニに行けばどこでも取り次いでくれていた現像/プリントだが、今では遠くの街までフィルムを持っていかなくてはならず、しかもそのサービスの値段は驚くほど高い。

1990年代末頃までは、同時プリント(現像からプリントまで)ならすべて込みで500円以下というのが当たり前だったのが、今では36枚撮りフィルムで1,900円ほど・・・何と20年前の4倍もコストがかかってしまうのが現状だ。
デジタルカメラはすぐその場で写真が見れるという意味では、たしかに便利であり紙や工業廃棄物も排出せずに使用できるという面では環境にもやさしい優れた道具である。

しかし、写真をプレビューしたりプリントするにはパソコンやプリンターなどのデジタル機器が欠かせず、フィルムカメラのような身軽さがないのが最大の弱点である。
家庭で簡単に現像からプリントまで自動的にできる魔法のような機械が開発され、手軽に買える値段で出回れば、フィルムカメラ産業の奇跡的な復活も決して夢ではないだろう。

2018年6月12日火曜日

Faust のアナログ盤がドイツから届いた!

ドイツの伝説的なプログレッシブ・ロックバンド、Faust のデビューアルバム『Faust』は、1971年にポリドールから発売された。
このデビューアルバムは凝りに凝っており、そのデザインは透明のビニールカバーに、拳骨のレントゲン写真がシルク印刷され、透明の塩化ビニールでできたレコードと、赤いテキストで歌詞とクレジットが印刷された透明のインナースリーブの3つで構成されていた。

ちなみに Faust とはドイツ語で拳骨を意味するが、ドイツ人作家ゲーテの代表作とされる戯曲と同名で、その下敷きとなった15〜16世紀のドイツに実在したファウスト博士(錬金術や占星術を使う黒魔術師であったとされる)へのオマージュでもあろうことは容易に想像できる。

amazon で購入したこのレコード、注文から10日後に写真の段ボール箱に収められてドイツから国際郵便で送られてきた。

段ボール箱を開けると、半透明の包みに収められたレコードが出てきた。拳骨と Faust の文字がうっすらと透けており、すでにこの段階からコンセプチュアル・アートの一部のようにも見える。

Faust によるパフォーマンスは、包装を開ける瞬間から始まり、包みを開けてレコードに針を落とすまでの行為は、戯曲の序章なのである。

その意味で、Faust の未開封コレクションとは、封を開けない状態の段ボール箱、もしくは閉じられたままのレコード袋の状態でなくてはならない。

Faust の黒魔術は、封を開けてしまった段階でその半分は解けてしまう。グリコ・森永事件で毒が盛られたチョコレートなどのお菓子と同様、アルバムに印刷された拳骨のレントゲン写真は、封が開けられるのを阻んでいるようにも見える。シースルーなのは、開封しなくとも中身は確認できるのだというメッセージなのかもしれない。

Faust のレコードを聴くためには、レコードをアルバムカバーから抜き取らねばならず、これは3つの透明な媒体で構成されているコンセプチュアル・アートを解体する行為であり、リスナーによって錬金術が解かれる瞬間でもある。

電気的なノイズに続いて、ビートルズの『愛こそはすべて』やローリング・ストーンズの『サティスファクション』のサウンド・コラージュで始まる Faust の実験的な音楽は、1940年代の後半にフランスでシェフェールによって作られ、ドイツのシュトックハウゼンらによって広められたミュージック・コンクレートのひとつの帰結である。そして、アートワークを含めたこのアルバムが、アナログレコードというパッケージメディアの歴史のなかで、他に類を見ない傑出したデザインの一枚であることは言うまでもないだろう。

2018年6月9日土曜日

Vestax DJ用ミキサーの電源アダプターがない場合はこうする!

先日、ヤフオクを見ていたら、1円オークションとして出品されているDJ用ミキサーを見つけた。PMC-03Aというモデルで、本当に1円で買えるのか?という興味で試しに入札してみると、なんとそのまま落札できてしまった。この他にかかった費用は送料の980円のみ。

ちなみに、オークションの説明欄には、以下の記述があった。
【商品状態:こちらの商品は電源コードが付属していないため、通電・動作確認を行っておりません】


さっそく代金を支払うと、数日後に品物が送られてきた。電源アダプターを入手して動作確認をしようと調べてみると、Vestax 電源アダプター DC-15ADMという商品が対応しているのがわかったが、すでに生産中止となっている。

さらに調べてみると、あるDJ機材のお店がDC-15FS-A スイッチングタイプ電源アダプター(Vestax DC-15ADM代替え電源)という商品を売っているのだが、これが税込で3,780円とかなり高価なのである。

なんとかお金をかけずに動作確認する方法はないかと秋葉原の秋月電子へ行くと、スイッチングACアダプター15V 1.2A [AD-E150P120](税込700円)という商品があった。しかし、極性がセンタープラスのため、このままでは使えない。

そこで、同じく秋葉原にあるトモカ電機へ行ってみると、AC/DCの極性変換ケーブル(税込300円)があったのでこの2点を購入した。

あとは、1個欠品しているツマミを探しに末広町の aitendo へ行ってみると、よく似たデザインのツマミをスタッフのお姉さんが探しだしてくれた。ちなみにこの aitendo は、新進の電子パーツ専門店でスタッフは全員若い女性でとても親切、品数も7,000点以上あるという優良店だ。

さて、PMC-03A の動作状況はどうだったかというと、問題なく通電を確認することができた。あとは、このミキサーをどう使うかが問題である(笑)。

我が家にはターンテーブルは1台しかないので、CDプレーヤーとの切り替え用に使う以外に方法はない。

現在メインに使っているデジタルアンプにはフォノイコライザーがないため、オーディオテクニカのAT-PEQ3というコンパクトなフォノイコを使っている。

さらに、デジタルアンプにはRCAライン入力が1系統しかないため、2in 1outのアッテネーター付きオーディオセレクターを使っているのだが、結線が煩雑になって困っているところだった。

動作確認を兼ねて、我が家のオーディオセットにPMC-03Aをつないでレコードを再生してみると、とてもクリアな音質でアナログレコード特有の内周ノイズも目立たず、ピュアオーディオ用にもまったく引けを取らないことがわかった。

そんなわけで、PMC-03Aは我が家のオーディオ装置として、これから活躍してもらおうと思う。DJ用のミキサーの意外な性能の良さに気づいて、目(耳)からウロコが落ちた気分だ。

2018年6月8日金曜日

変わりゆく街並み 神宮前の旧鎌倉街道

新国立競技場の完成予定となる、2019年11月末に合わせるように、周辺の街並みも少しずつ変わりつつある。なかでも、もっとも劇的な変貌を遂げようとしているのが、渋谷区神宮前2丁目にある旧鎌倉街道周辺だ。

外苑西通りにある神宮前3丁目交差点を外苑前方面へ入り、熊野神社の手前を左折すると、この旧鎌倉街道はある。道は途中から勢揃坂(せいぞろいざか)と呼ばれる下り坂になっており、この辺りから新国立競技場の工事風景が視界に入ってくる。

以前は、右側に外苑ハウスというマンションが建っていたのだが、現在は取り壊され、2020年の竣工を目指して大規模な工事が進められている。地上22階建て/延べ床面積6万㎡/高さ86mの高層マンションが建つ予定という。

この勢揃坂の途中に、臨済宗の龍巌寺(りゅうがんじ)という古いお寺がある。かつてこの周辺には松の名木『円座の松』があり、ここは江戸時代に葛飾北斎の浮世絵「青山円座松」に描かれ、『江戸名所図会』にも取り上げられる名所だったそうだ。

これが北斎の「青山円座松」。赤丸で囲ってある切妻屋根の建物が、当時の龍巌寺。

富士山は西側に位置することを考えると、手前にある円座の松は、現在工事中の外苑ハウスや国学院高校、都営神宮前2丁目アパートなどがある一帯ではないかと推測される。円座の松と龍巌寺の間に見える坂が勢揃坂、つまり旧鎌倉街道である。手前で宴会を繰り広げている人々がいるのは、紀州徳川家の上屋敷(現在の赤坂御用地)辺りになろうか。
現在の龍巌寺は低い石塀で区切られ、その右側にある側道は、私道になっていて、一度も足を踏み入れたことがなかったのだが、好奇心に負けて自分が守衛になったつもりで中に入ってみた。(※関係者以外、立入禁止の銘板あり)

ゆるい坂を登っていくと、右側には民家が建ち並んでおり、今も人が住んでいるようだ。その奥にはやや広めの駐車場があり、その手前には門が閉まるようなレールが敷いてあった。部外者による違法駐車を阻む目的に設えたのだろうか。

駐車場の広場にたどり着くと、そこは袋小路になっていた。霞ヶ丘団地の交差点へと抜けられるのではないかという期待はここで途絶えた。

駐車場から南側を臨むと、龍巌寺のお墓の向こう側に、建築家会館本館の北側立面が見えた。そのまま左側に目を向けると、早朝の木漏れ日が差し込む、龍巌寺の厳かで美しい伽藍を拝むことができた。

鎌倉仏教の一部である臨済宗の、座禅によって悟りを得るという禁欲的な厳しさが、その建物や周囲の木々から音もなく伝わってくるような気がした。



旧鎌倉街道へと戻って、工事が進む新国立競技場方面へと勢揃坂を下っていく。住宅を3軒はさんだ先には、浄土真宗系の慈光寺があり、そこを通り過ぎると、工事で行き止まって霞ヶ丘団地交差点へと抜ける小道に出る。

道が2倍ほど広くなったこの通りは、2020年東京オリンピックによる新国立競技場の周辺で、もっとも劇的な変貌を遂げるであろう地域だ。

かつて外苑ハウスのあった敷地には、噂によるとスタジアム通りへとつながる広場ができるという話である。霞ヶ丘団地があった場所も、整備されて自然豊かな憩いの場となるのだろうか。

神宮前地区では、もっともハイソな集合住宅の一つになるだろう外苑ハウスだが、その裏通りには、下町情緒を感じさせる雑居ビルが軒をつらねている。数年後には、この一帯は観光客やニューファミリーが行き交う、新たな商業地区として生まれ変わるのかもしれない。渋谷区、新宿区、港区と3区がまたがる不思議な土地でもあり、新たに整備される霞ヶ丘団地の跡地がどう地域に活かされていくのか、今後に注目だ。

2018年6月7日木曜日

アンディ・ウォーホルの『マリリン』を額装した!

1990年頃に青山ベルコモンズで買った、アンディ・ウォーホルの代表作「マリリン・モンロー」のポスター。実家に置きっぱなしになっていたものを先日持って帰ってきたのだが、そのまま丸めて置いておくのも可哀そうなので、思いきって額装することにした。サイズは定形外なので既存のパネルがない。行きつけのDIYショップで見積もってもらったところ、特注になるので最低でも7,000〜8,000円ほどかかるという。これでは、ポスターよりも高くついてしまう・・・。

ネットで検索すると、ポスターパネルクリエイトショップというお店がネット通販で額の特注を請け負っているのを知った。値段のほうもDIYショップのおおよそ半額くらいだ。それくらいならいいか・・・とようやく決心がついたので、タテ・ヨコの実寸を測ってポスターにぴったり合うように注文した。ポスターフレームHT711(タテ・ヨコの長さの合計が 1,201mmから1,300mm以下)というもので、3,600円(税込)+送料740円の合計4,340だった。
このポスターは、1971年にテート・ギャラリーで行われたウォーホル展の宣伝用ポスターで、マリリンの頭上にレイアウトされたWarholの墨文字が印象的だ。

ご存知のように、ウォーホルの「マリリン」には、何タイプもバリエーションがあって、どの色を選ぶかは買う人の好み次第なのだが、わたしはこの水色がバックの「マリリン」が一番好きである。額に入れるだけで、ポスターはグッと引き立つものだということをあらためて実感した。

2018年6月2日土曜日

下北沢の『新宿レコード』へ行ってきた!

下北沢に2018年2月に移転した『新宿レコード』へ行ってきた。駅前の本多劇場(Village Vanguard)の2階という、非常に分かりやすい場所だ。

わたしが通っていた1978年〜1980年頃から見かけていた新宿レコードの看板がレジの下に置いてあった。この看板からも、当時はユーロロックにもっとも力を入れていたのがわかるのではないだろうか。

店主の佐藤晃彦さんは、元々ワーナーミュージックなどのレコード会社でディレクターを担当しており、新宿レコードには開店当初からの常連で、資料としてレコードをたくさん買われていたという、元々は大のお得意さんだった方。先代の藤原さん夫妻から、開店50周年を目前に後を託されたのだそうだ。

お店のメインは、ブリティッシュ・ロックの帯付き貴重盤。一度も針を通してないようなデッドストックが目を引いた。個人的には大好きなジョージ・ハリスンの貴重なレコードにお目にかかれたのがうれしかった。7月には、日本一のエリック・クラプトンのコレクターだった方の貴重な遺産を展示販売するそうなので、ECファンも注目だ。

わたしは、記念に『レット・イット・ビー』のシングル盤を買わせていただいた。新宿レコードの赤い袋が、往年の雰囲気を思い出させてくれ、懐かしい気分に浸ることができた。

さて、新宿レコードといえば、ユーロロックである。茶沢通りにオープンした『ディスク・ユニオン』も覗いて、ユーロロックの名盤を1枚買って帰ろう! そう思ったわたしは、さっそく茶沢通りへと足を向けた。通りを歩いていくと、すぐに“disk union”の赤いネオンが目に入った。

入口の前で写真を撮ったのだが、なんとなくアメリカのウエストコーストや、ハワイの通りを感じさせる風情である。

店内のメインは、やはりアナログ盤。お店へ足を運んで買うのだから、デジタル音源ではなくアナログのレコード盤のほうを買いたい・・・音楽ファンがそう考えるのも無理はない気がした。

さて、わたしは自然とユーロロックの売り場へ吸い寄せられ、ジャーマン、イタリア、フランスと順に見ていくのだが、今いち目ぼしいものがない。
最後に、ヨーロッパ全域の箱を見ていくと、何と・・・長年探し求めていた、ポーランドのチェスワフ・ニーメン(Czesław Niemen)のアルバムが出てくるではないか!


ニーメンといえば、冷戦真っ只中の時代に共産圏のポーランドで活動していた音楽家で、”自国の政治情勢に翻弄された悲運のミュージシャン”と、雑誌『FOOL'S MATE』(フールズ・メイト)などで紹介されていた人物。

わたしの興味をそそったのは、すべての楽曲をニーメンが作詞作曲し、自らが演奏するシンセサイザーの多重録音のみでレコーディングされている点。“哀愁のメロディー”という紹介記事も気になっていた。

この日は、ニーメン以外にも右の写真のレコードと山下洋輔氏の本を一冊買って帰った。全部で1,772円という安さ(右の7枚はすべて1枚100円)である。

本当に好きなアルバムはCDで所有していれば満足なので、今まで通りすぎてきたアーティストの聴いたことのないアルバムや、かつて持っていた懐かしいレコード、あるいは単に衝動的なジャケ買いなどの理由でレコードは買っている。

元々、オリジナル盤や貴重盤へのこだわりは無いので、偶然見つけたレコードとの出会いのほうを大切に、なんとなく気になったら買う(ただし数百円まで)というスタンスで、これからもスローライフ的レコードとの付き合いをしていきたいと思う。

2018年6月1日金曜日

新宿レコードの思い出

新宿西口にあった『新宿レコード』という店を知っているだろうか。1970年に開店したロックの専門店である。わたしは1978年頃から数年に渡って、他店では手に入らないユーロロック(プログレ系)のレコードを求めてよくこの店に通っていた。新宿レコードではじめて買ったのは、ヴァンゲリスの『チャイナ』だったと思う。日本盤が出る1年くらい前に新譜で店頭に並んでおり、そのマニアックな品揃えは圧倒的だった。

当時の輸入盤、とくにフランスやドイツなどの欧州盤の価格は高く、一枚の平均的な値段は3,800円くらいだったと記憶している。1978年の大卒初任給が105,500円(男性)、99,000円(女性)だったことを考えると、いかに一枚のレコードが高価だったかが分かるだろう。わたしは、昼食代を貯めてレコードを買っていたが、一枚買うのに大きな覚悟が必要だったのは言うまでもない。

そして、新宿レコードといえば、名物マダムの藤原邦代さんの存在が大きかった。はじめてお店へ行ったときも『チャイナ』をカウンターへ持っていくと、「これ良かったわよ。昔のヴァンゲリスに戻った感じね」と教えてくれたのを覚えている。

当時のヴァンゲリスは、『炎のランナー』でブレイクする前で、日本ではまったくマイナーな存在。わたしが買った『チャイナ』は、中国をテーマとしたアルバムで、壮大なオーケストレーションと中国の音階がミックスされた秀作である。

前のアルバムが『beaubourg 霊感の館』という、実験的な電子音楽だったため「昔に戻った」と教えてくれたのだろう。情報に乏しいユーロロックのレコードを、なけなしの小遣いを使って買うのだから、こうしたマダムの助言は本当にありがたいものだった。

その、新宿レコードが、今年の2月に新宿から下北沢へと移転したという情報を得た。そして残念なことに、名物マダムは移転した新店舗の仮オープンから数日後に、あの世へと旅立たれたのだそうだ。このブログで新宿レコードのことを書いていて、偶然その訃報を知った。これも何かの知らせに違いない・・・そんな思いで、今日は新宿レコードを訪ねて、元気だったマダムを偲びつつ、往年のロック少年だったころの自分にタイムスリップしてこようと思う。