1960年代前半生まれの世代にとって、自分専用のラジカセを持つことは夢だった。わたしがはじめて手にしたラジカセは、中学時代の夏休みにアルバイトして買ったナショナルのマックFF(RQ448)という機種で、定価は34,800円だったと記憶している。当時のこの価格は大金(大卒初任給の約半額)で、毎週日曜日に秋葉原へ通ってラジカセの雄姿を拝みに行っていたのを思い出す。もちろんカタログは穴があくほど眺めていたのでスペックはすべて頭に入っていた。重量は3.6kg、単2電池4本使用、3バンドラジオ、なかでもマックFFは着脱可能なワイヤレスマイク付きというのが最大の売りだった。
それから5年後の1979年に初代ウォークマンが発売されると、ラジカセの時代は終わってミニコンポが主流の時代となる。その後、カセットテープはMDにその座を譲り、さらにiPodなどの携帯音楽プレーヤーの登場で記録媒体は姿を消し、音楽はダウンロードして聴くものへと変わっていった。このように、めまぐるしく変化してきた音楽鑑賞ライフだが、最近ではふたたびアナログレコードが人気を呼び、さらに温かみのある音質が受けてカセットテープも人気が再燃し、品質の高かった初期のカセットテープにいたっては、そのレトロなデザインも含めて評価が高まり、1本数千円で取り引きされるものまで現れるほどのブームとなっている。
自分の手元にも年代物のカセットテープが何本かあったので、そのいくつかをテープレコーダーで再生していたところ、テープが再生ヘッドにからまり、テープを切らなければ取り出せなくなくなってしまった。この、こわれてしまったカセットテープに永遠の命を吹き込むために、回転するカセットの姿を眺めるための標本装置をつくることにした。ケースのなかのカセットテープが箱の中で勝手に動いている・・・そんなイメージを実現するために、箱の裏側に電池で動くDCモーターと、速度可変式のコントローラーを設けた。
しかし、DCモーターの回転速度が早すぎてなかなか低速回転を実現することができない。考えてみれば、テープレコーダーはたくさんのギアを連結させるなど、複雑な機械じかけであの回転速度を実現していたわけで、一筋縄ではいかない、いや、いっては困るのである。そこで、海外から特殊な減速機付きのDCモーターを輸入して、20RPMというカセットの再生状態に近い速度を実現した。いつの間にか構想から完成までに2カ月以上もかかるという長期プロジェクトになっていた。以下に、実際に回転している様子を動画にしたので、ぜひその様子を再生してみてほしい。
世界中のデジタルデータ量が爆発的に増加していくなか、大容量の情報記録装置としてテープストレージがふたたび注目されている。バックアップ用途に加えて長期的な記録・保管としてのアーカイブ用途にも低価格で高品質な磁気テープの活用が期待されているのだ。そんな磁気テープの可能性も見据えて、ケースは空、カセットテープのまわりの綿は雲に喩えて、この作品には『クラウドテープ』と名付けた。
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